今回は久しぶりに、奈須きのこの作品に触れました。
映画もやるということで、それまでに一度目を通したいなと思い『魔法使いの夜』(以下、まほよと略します)をプレイ。
元々はSteamでプレイするつもりでいたのですが、友達に売ること考えたらSwitchじゃない?と言われてSwitchでプレイしたものとなります。
触れてきた型月作品
まず、まほよを語る前に「お前は型月に触れてきたことあるんかい」というところで、これまでに触れてきた作品について少しだけ。
- 月姫(佐々木少年氏の漫画)
- 空の境界(小説・映画。未来福音まで)
- Fate(DEEN版・UFO版)
- Fate/Zero(アニメのみ)
- FGO(なお、文章は読んでいない模様)
ざっとこの程度だと思います。
こうして並べてみると、そこまで型月作品に触れてきたわけではない気がしますね。
CANAANも、元になった『428 ~封鎖された渋谷で~』まで遡れば「型月作品に含めていいんじゃないか」と言えなくもないですが……まあ今回は置いておきましょう。
この中でも『空の境界』は、中学生の頃に読んだ作品ということもあって、個人的にはかなり思い出深い作品です。
「未来福音」も、友人と高校生の頃に、当時の地元では上映されていなかったので隣の県までバスに乗って観に行ったのは、今となってはいい思い出ですね。
そんな『空の境界』から橙子さんが登場すること。
そして、メルブラにも多少触れていたので青子のことも知っている。
そういうこともあって、『魔法使いの夜』は実は以前から一度やってみたいと思っていた作品でした。
こんな人におすすめ
-
- 読み応えのある文章をじっくり楽しみたい
- ノベルゲームとして完成度の高い作品を遊びたい
- 熱い展開の「燃えゲー」が好き
- 型月作品が好き
- 魔術・魔法などの設定や世界観が好き
- 個性的なキャラクター同士の掛け合いを楽しみたい
- 日常パートから徐々に物語が動いていく作品が好き
- 演出や音楽も含めて、作品そのものをじっくり味わいたい
感想
ノベルゲー最高峰の演出
僕は基本的に、ゲームを手放しで褒めるということはあまりしないのですが、この作品に関しては例外とさせていただきます。
『まほよ』の一番すごいところは、僕は「演出」だと思っています。
僕の文章だけでは、その凄さを十分に伝えきれないかもしれません。それくらい、実際にプレイしていて「ここまでやるのか」と思わされる演出でした。
基本的なノベルゲームといえば、背景があり、立ち絵があり、場面によってCGが挿入される、といった構成が一般的だと思います。
もちろん『まほよ』も基本的な形は同じなのですが、立ち絵の使い方からして一味違います。
キャラクターをただ画面の中央に配置するのではなく、場面に応じてさまざまな位置に配置したり、動かしたりすることで、「今、キャラクターがどこにいて、何をしているのか」という情報が非常に分かりやすく伝わってきます。

そしてCGも、単に一枚絵を表示して終わりではありません。
そのCGの中で何が起きているのか、キャラクターがどのように動いているのかまでプレイヤーに伝わるような演出が施されています。
特に、いわゆる「燃えゲー」において重要なのは、戦闘中に「今、何が起きているのか」をプレイヤーがきちんと理解できることだと思っています。
その点で『まほよ』は本当によくできています。
例えば戦闘シーンで「青子が今こんなことをしているのか」ということを、文章だけで説明されなくても、立ち絵やCG、画面全体の演出によって直感的に理解できます。
文章を読んで頭の中で状況を想像するだけではなく、演出そのものが文章を補完してくれているんですよね。
これはノベルゲームという形式において、かなり大きな強みだと思います。

正直なところ、「他のノベルゲームもこの演出を参考にすべき」と簡単に言ってしまうのは酷な話だと思うくらい、かなり作り込まれていました。
『まほよ』をプレイしていて一番強く感じたのは、文章だけでなく、立ち絵・CG・動き・画面構成・音楽など、作品を構成するすべての要素を使って「今、この場面で何が起きているのか」を伝えようとしていることです。
そして、それこそが『まほよ』というノベルゲームの大きな魅力だと思います。
惹き込まれる文章
基本的に、ノベルゲームといえば主人公視点、いわゆる一人称視点で物語が進んでいく作品が多いと思います。
ところが『まほよ』は、少し珍しいことに三人称で物語が語られます。
これが個人的には、作品に惹き込まれる大きな要因の一つでした。
三人称で描かれることの何が面白いのかというと、主人公である静希草十郎の心情、その奥深くにある部分が最後の方まで明確には分からないんですよね。
だからこそ、「この主人公はいったい何を考えているんだ?」という疑問を抱えたまま、物語を読み進めることになります。
山から降りてきたばかりの穏やかな少年である草十郎が、何を思っているのか。
青子に対してどんな感情を抱いているのか。
物語が進んでも、その深層心理がすべて明かされるわけではありません。
だからこそ、終盤になって草十郎という人物の内面が見えてきたときのインパクトが大きく、そこまで積み重ねてきたものが一気に繋がっていく感覚がありました。
「主人公のことを理解しているつもりなのに、実はまだ何も分かっていなかったのではないか」
そんな感覚を持ちながら読み進められるのが、『まほよ』の文章の面白さだと思います。
小説では、地の文を三人称で描く作品も珍しくありません。
そう考えると、ノベルゲームでありながら小説的な語り口を取り入れ、それをここまで作品の魅力として成立させているのは、奈須きのこだからこそできることなのかもしれません。
型月に初めて触れる人に優しい
これも『まほよ』の大きな魅力の一つだと思います。
型月作品といえば、専門用語が多く登場することで有名ですよね。
「一体何を言っているんだ?」となってしまう人も少なくないと思います。
僕自身も型月作品にはそれなりに触れてきたつもりですが、それでも分からないことは正直かなり多いです。
そんな僕から見ても、『まほよ』はかなり親切な作品だと感じました。
例えば、『魔術』と『魔法』の違いであったり、他の型月作品でも登場する『根源』についてであったり。
こうした型月作品を理解するうえで重要な設定についても、作中でしっかりと触れられ、ある程度の説明をしてくれます。
そのため、「なるほど、そういうことなのか」と納得しながら読み進めることができました。
もちろん、だからといってすべてを理解できるわけではありません。
「結局ここってどういうことだったんだ?」と思う場面もかなりありました。
これは僕の理解力の問題なのかもしれませんが。
ただ、個人的にはそこも含めて型月作品の面白さだと思っています。
作品をクリアしたあとに、気になった設定を調べたり、他の人の考察や解説を読んだりすることで、「ああ、そういう意味だったのか」と新しい発見があるんですよね。
型月は作品そのものだけでなく、作品を読み終えたあとに設定や考察を調べる楽しみも大きいと思います。
『まほよ』は、そうした型月作品の奥深さを楽しみつつも、初めて触れる人が置いていかれないように、必要な部分はしっかり説明してくれる。
そういう意味でも、型月作品の入口としても遊びやすい作品だと感じました。
主人公たちの関係性
草十郎、青子、有珠の3人の関係性って、すごく面白いんですよね。
最初は、草十郎を消そうとしていた青子。
そんな青子が次第に草十郎を認めていく一方で、今度は有珠が草十郎を認めようとしない。
そんなところから始まった3人ですが、一緒に過ごす時間が増えていくにつれて、少しずつ自然な形で仲間意識が生まれていく。
この過程が丁寧に描かれているのが、個人的にはかなり好きでした。
青子も有珠も、かなりクセの強い人間です。
とはいえ、草十郎もまた型月主人公らしく、決して普通の人間ではありません。
だからこそ、この3人だからこそ成り立つ関係になっているんだろうなと思います。
3人の間に恋愛的な要素がまったくないのかと言われると、そうとも言い切れないような描写もあります。
それでも、やはりこの3人を表現するなら「仲間」という言葉が一番しっくりくるように感じます。
3人とも、誰かが危険な状況に陥ったときに見捨てるような人間ではありません。
それどころか、いざというときには自分の命を懸けてでも戦ってくれる。
そうした関係性が物語の中でしっかりと描かれているからこそ、プレイヤーにも「この3人は仲間なんだ」ということが自然と伝わってくるんですよね。
そして何より、青子の第五魔法の覚醒に草十郎が大きく関わっているというのが、個人的にはすごく好きなところです。
3人で過ごしてきた時間や、草十郎との出会いが青子自身の大きな変化に繋がっている。
そう考えると、この3人の関係性そのものが『まほよ』という作品の大きな魅力の一つなんじゃないかなと思います。

結局青子の第五魔法ってなんなのだよ
今更ながら、ここからガッツリとネタバレですが、青子の第五魔法について少し考察をしてみようと思います。
そもそも、青子の第五魔法って結局なんなんでしょうね。
まず、『まほよ』をプレイしていて分かるのは、第五魔法そのものが「時間旅行」というわけではないということです。
作中でも橙子が、時間旅行は第二魔法にあたるものだと語っています。
とはいえ、第五魔法によって起きている現象は、どうしても「時間旅行」を連想させるものではあります。
では、第五魔法とは一体何なのか。
あくまで僕なりの解釈になりますが、現時点では**「時間を騙している」**という表現が一番近いのではないかと思っています。
作中で描かれた現象を挙げると、まず一つ目が、
・草十郎から10年分の「時間」を借りる
というもの。
これは、青子が10年後の自分の力を現在で使用する際に見せたものですね。
草十郎から10年分の時間を借りることで、未来の自分が持つ力を現在に持ってくる。
そして、もう一つが、
・草十郎が死んでしまったという事象を未来へ飛ばす
というもの。
草十郎は一度死んでしまったものの、その「死ぬ」という出来事そのものを未来へ飛ばすことで、現在では草十郎が死んでいない状態になっています。
ここで重要なのは、「死」という概念そのものを消したわけではないということ。
あくまで、その出来事を未来へ先送りしている。
一方で、青子が未来の自分の力を使ったときも、未来そのものを単純に呼び寄せたというより、草十郎から「時間」を借りることで、未来の自分を現在に成立させています。
こうして考えると、
「死という出来事を未来へ先送りする」
「未来の自分の力を現在へ持ってくる」
この2つは一見するとまったく違う現象に見えます。
しかし、どちらも時間そのものに手を加えて、現在と未来の帳尻を合わせているように感じるんですよね。
だから僕は、第五魔法について、
「時間を操作する」のではなく、「時間を騙している」
という表現が近いのではないかと思っています。
もちろん、これはあくまで現時点での僕の考察です。
第五魔法が時間旅行を可能にすること自体は間違いないとしても、それが本質ではない。
時間や、その時間に紐付いた事象を「移し替える」「交換する」「先送りする」といった現象を起こしている。
今の僕にできる精一杯の考察としては、これくらいでしょうか。
……だからこそ、ここは続編で早く説明してほしいんですよね。
第五魔法が一体何なのか。
青子が草十郎から何を借りたのか。
そして、草十郎の未来に何が待っているのか。
奈須きのこ先生、頼みます。続編を書いてください。

まとめ
・ワクワクさせてくれる設定、背景
・厨二病心をくすぐられる
ノベルゲーで、ここまでやってくれるゲームはあるのかと、そんな風に思わせてくれるゲームは中々ないと思います。
楽しみなんじゃ~~~~


コメント